マリンパル女川

<意味>

マリンパル女川は、1994年(平成6年)に設立された。宮城県牡鹿郡女川町鷲神浜字鷲神に所在する女川町営の観光物産施設。東日本大震災による津波で壊滅的な被害を受け、休業中であったが、 同年10月7日、物販部門「お魚市場」を女川町浦宿浜に移転し、営業を再開した。

 

マリンパル女川-1 マリンパル女川-2

マリンパル女川おさかな市場内で鮮魚店「海逢」を営まれている遠藤社長にお話を伺いました。

【遠藤社長がこちらで働くようになった経緯をおしえてください】
 代々、水産関係の仕事をしていた家系ですが父の代から魚屋になり、私もこの仕事を絶やさぬようにと継いだことがきっかけです。本当は魚屋をしたくないという気持ちもありましたが、父が仕事を遺してくれたので、もったいないという気持ちの方が勝りました。折角継いだからには、大げさですが、魚を売ることを通じて社会に貢献できればと思っています。

【海逢さんおすすめの商品を教えてください】
 金華山沖というのは、世界三大漁場のひとつです。かなりの種類の魚が獲れるので、1年を通じていろいろな魚に恵まれます。サンマの水揚げは女川、気仙沼、宮古、大船渡がこのあたりの4大漁港と呼ばれていて、女川は中でも多い方ですね。9月は北海道の沖合まで獲りに行くのですが、だんだんサンマが南下してきて、10月にはこの沖合でも獲ることができます。北にいるときのほうが、サンマに脂が乗っていておいしいですよ。もう少しすると秋鮭や毛ガニ・ヒラメ・タイも揚がりますね。

【復興が進んでいますが、今後の展望があれば教えてください】
 女川の町そのものは、ほとんど津波で流されてしまいました。まずは嵩上げなどを完了して「まち」の基盤ができあがってほしいと思います。
 それから人口も減ってしまいました。津波で800人以上死んでしまったことに始まり、生きていても町を出ざるを得ず、そのまま帰ってこない方も多いのです。帰ってこないというよりも、帰ってこられないのです。生活が変わり、町の基盤ができた後に住民の帰還が進むといいですね。
 やはり、女川の人は今回の震災で、色々な思いをしてるんですよ。もちろんつらい思いです。大事な親類や友人、知人を亡くした方も多いですし、何とも言えないあの津波の恐ろしさを目前で見てしまったのですから。頑張らなければいけないと頭では分かっているのですが、つらい思いが残っているので、どうしても踏ん張り切れない時もあります。
基盤ができれば、町が活性化してきてどんどん新しい形になって、次の目標が見え始めるはずなので、まずは一歩ずつ、その歩みを心待ちにしています。

【これから女川へ観光に来ようという方にメッセージがあればお願いします】
 震災の時、一番ありがたいと感じたのは、他県の方がさまざまな事情をくみとってくださって、色々支援してくださったことです。人間の暖かさを感じ、本当にありがたいと思いました。そういった方々にもう一度、今度は活性化した女川を見に来て頂けるといいですね。

マリンパル女川海逢遠藤さん

マリンパル女川おさかな市場
鮮魚店「海逢」社長
遠藤 義信さん

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